お粗末と言われても……


自衛隊イージス艦『あたご』の衝突事故が大問題になっています。
海の衝突事故での極めて重要な判断ポイントに航路権の問題があるのですが、この問題は『あたご』に避航義務があったということであらかたケリがついてきたようです。
自船の進路右方向から進路が交差する船が近づいてきたら、自船は『避航船』になり、相手船を避ける義務があります。避け得ず衝突してしまったら、なんと言い訳しようが、まず自船が悪い、というのが海のルール。内部事情の話はあるでしょうが、これでイージス艦側は逃げ道がなくなりました(もっとも、2分前に『あたご』右舷に漁船の緑灯(右舷灯)が見えたという見張り員証言をタテに、「本来衝突航路に無かった『清徳丸』が急激に針路変更して『あたご』進路に飛び込んだ」旨の主張はまだされる可能性はありますが、衝突針路から左舷に転舵して避けた金平丸の右舷灯だった可能性が高く、現時点では証言自体が疑わしいです)。

それにしても、相手が一隻ならともかく、数隻の漁船が接近していた模様。衝突してしまった『清徳丸』以前にすでに類似針路の二隻が『あたご』を避航していたことが報道されており、この時点で既に『あたご』は避航義務を放棄していた可能性が疑われます(自動操舵ののままだったようですし)。清徳丸の右舷灯が見えたとか、左舷灯が見えたとかいう問題でなく、果たしてこの漁船団を『あたご』は認識していたのか、いなかったのか。
認識していて突入したのであれば大問題ですし、認識していなかったとしたら、数隻からなる漁船団が全てレーダーにも目視にもひっかからなかったということになりそうで、これは本来あってはならない事です。
一部で、艦船のレーダーは極めて近距離(3〜400m)では効きが悪くなることが指摘されていますが、300m といえば、今回の『あたご』の航行速度である 11knots でわずか 1 分の距離。時期的には既に回避の全速後進をかけたと言われる時期で、そもそもそんな近距離でレーダーに映るかどうかは、今回の話ではまったく関係がありませんし、仮に一隻映らなかったとしても、船団まるごと見落としたとは、ちょっと考えられない。
……とすると、認識していながら避けてもらえることを期待して、そのまま突入したのではないかという疑いが消えません。
少なくとも、危機感を持って見張りをしていたようにはどうしても思えません。見えていたとしても、小型船舶に関しては報告をしないことが常態化してはいなかったか。
制動についても、ちぐはぐな自衛隊側の証言を聞いていると、衝突前にかけたのか、それともまったく気づかずに『清徳丸』に突っ込んでしまってから急遽かけた可能性も残っているように思えてしまいます。
どの方向に転んでもお粗末と言われても仕方の無い事態に見えてしまいます。情けない話です。

伝聞での憶測はともあれ、結論を見守るとともに、『清徳丸』の方々がなんとかご無事であることをお祈りするばかりです。


[追記]
小型船舶の航海の実態として、「身動きのとりやすい方(小さい船)が相手を避ける」「プレジャーボートは本船(業務用の船)を避ける」といった実態を指摘する記事もあり、筆者の狭い経験の中では、確かにそういった運用となっているように思います。
海(湖でもですが……)の上で航海していると、お互いの距離が正確にわかりづらく、また、速力 10kts+ というのは船の運動性の低さからすると意外に高速で、みるみるうちに状況が変わっていくのに焦ることもあります。小型艇側(特に運動性能のにぶいヨットの場合)からすると、距離が遠いうちに相手の船尾の方に自艇の船首を振ってしまうくらいでないと、お互いの誤認がかさなって衝突に至ってしまうのではないかという不安がぬぐえません。
漁船-大型船の間でも、同様の運用関係がありそうで、普段、大型船が接近してきたら、そういった運用をしていたのではないかと思えます。
今回の事故についても、『清徳丸』側は『あたご』を回避しようとした筈だと思うのですが、何故漁船側は『あたご』を避け得なかったのか? という論点は確かに残っており、その点は謎の点ではあります。
『あたご』側も『清徳丸』の衝突直前の動きについては信憑性のある言及が出来ていませんし、お互いがお互いを見失うような悪い視界状況や、イージス艦・漁船双方の動きを制約する別の船の存在でもあったのでしょうか?
視程は良かったとの言及もあり、そのような状況で、他船の航海灯を見失うのも納得がいかない気もしますし……。
『清徳丸』が僚船との無線に出ていなかったとの記事もあり、もしかすると、オートパイロットにして漁の準備をしていたなどの状況も考えられないことはありません。それにしても、イージス艦の航海灯に気づかないことは無いと思うのですが……。
不運な事態が色々と重ならなければ衝突には至らないと言ってしまえばそれまでですが、まだ重要な証言が幾つか出てきていないような気もします。


[航海日誌中の参考情報]
 → 事故・座礁・遭難